今年の白馬は例年よりも増して大雪に見舞われている。凍えるような寒さとびゅうびゅうと吹く白馬の風が雪を舞いあがらせて、僅かに残るアスファルトの黒い道路さえも真っ白に塗りかえた。
そこで、このふたりは出逢った。
ひとりは泣きべそヒロキ。
もうひとりは泣きべそヨッシー。
ふたり揃って超が付くほどの泣き虫ライダーだ。
いつも先輩ライダー達にコテンパンにされて、ヨッシーとヒロキはわんわん泣いている。
「いままではさ、おいら独りだけだったから
ヨッシーが隣で泣いてくれるだけで幾らもマシさ。」
ヒロキは涙混じりの笑顔でヨッシーの肩を叩いた。
ヨッシーは今年からスノーボードチーム「インディアンティーズ」に入ったばかりの新入生ライダーだ。
インディアンティーズとはチームリーダーのインディアン杉浦宗平とアマゾネス浜崎あゆみが率いるヤカラの集団で、主にスノーボードに乗って狩りをするリボルバージャンキースだ。
監督はアル中でカメラを撮る手が震えている。
ディレクターは自分に酔ってふらふらだ。
見習いのおぐはそんなふたりにビビって常に震えている。
ヨッシーは、監督が美味しいビールを探しにオレゴン州へ立ち寄ったときにたまたま見つけたネイティブアメリカだ。
ウエアは無くて、お母さんの形見のドレスと汚れた雑巾の方が幾分もマシかと思われるボロのパンツを穿いている。
それを不憫と思ったヒロキは
「おいらの帽子いるかい?」
そういってカラスもくわえないようなビーニーを差し出した。
ヨッシーはあたまを左右に振った。
「ぼくは、ビーニーは被らないんだ。だけど、君のそれを穿いてみたい。譲ってくれるかい?」
そう言ったヨッシーは少し嬉しそうにボロボロのビーニーを無理やり穿いてみせた。他人の好意を無駄にしたくないのだ。
「ほら、ちょうど良いよ!」
…それはパンツじゃねぇ。
ヒロキはツッコミたかったけど、やめといた。
2人とも優しいのだ。
ライダーの宗平は、そんな2人のやりとりを見ながら
「ゴミみたいだな。」と言って、ビールの缶を投げ捨てた。
毎朝、ヨッシーは起きると雪かきをする。
早くやっつけてしまわないと、アマゾン浜崎が起きてくる。
寝起きのアマゾンはそらもう凄い形相をしているから、首根っこを掴まれて投げ捨てられないように必死で雪かきをする。
アマゾンは、決まって窓際にいく。
そこで、せっせと雪かきをするヨッシーを見ながら
「あはは、ゴミみたい。」
と、自分だけ温かいカフェオレを飲みながら決まっていう。
雪よりも白い息が口から漏れた。ヨッシーは白馬の山々を見渡した。
とても綺麗だ。
この雪の白さがすべてを洗い流してくれる気がした。
こんな嫌な先輩がいたとしても独りでいたときより全然いい。
ヨッシーは、ずっと独りだった。
自分が立てる舞台がなかった。
かじかんだ指の先にハァハァと白い息をかける。
隣でヒロキは「これ、おいひいの?」指をちゅぱちゅぱさせて、たずねてきた。
インディアン宗平は玄関のドアを蹴飛ばすように開けて、
「おら!てめーらいつまで雪遊びしてんだよ!」と怒鳴った。
ヨッシーとヒロキは「は、はひ!」と言葉にならない返事を返して急いで支度をする。
小動物がライオンを見て、一目散に走りさるようにヨッシーとヒロキが散り散りになった。
玄関を通り過ぎようとしたとき、宗平が「おら!」と言ってぴかぴかのウエアをヨッシーに放り投げた。
ヨッシーはキョトンとして腕に持ったウエアには目もくれず宗平を見ていた。
ヒロキは「みしてみして」と、汚れた手でペタペタとウエアを触った。
でも、ヨッシーは気にならない。まだ宗平を見ていた。
「早く用意しろっつーんだよ!」
宗平の言葉にビックリしたヨッシーは我に返り、玄関を開けてまたもや階段を一目散に駆け上がる。
ヒロキは隣で
「おいらもさ、宗平さんにウエア貰ったんだ。」
ひひひと笑いながらヨッシーに言った。
それを聞いたヨッシーは自分の手が異様に熱くなってることに気付いた。
「それ、きょう着るの?」
ヒロキが嬉しそうに耳元で囁いた。
着たい。
こんなぴかぴかのウエア着たことがないよ。
こんなウエアを着たら、どんなに素敵になれるんだろう。
着たい。
だけど、
もったいなくて着れないよ。
頭の中が、もやもやした。
本当はボロのパンツもお母さんの形見のドレスも脱ぎ去りたい。
だけど、真新しい綺麗なウエアは雪のように自分の気持ちさえも真っさらに洗い流してしまうんじゃないだろうか。
アマゾンは宗平に向かって
「あんたも甘いよねぇ。女にもそれくらい優しけりゃ良いのに。」
そう言って、勝手に車に乗り込んだ。
宗平は
「こき使うだけさ。」
そう呟いてアンティーナの後を追う。
その瞬間
背後からは聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいの大声が白馬の風に乗って聴こえてきた。
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